nakayubi

書くための座標

大江健三郎『個人的な体験』読了。
この小説において、凡庸な言い方になってしまうが、大江健三郎はひとつの転換をとげている。『性的人間』に代表される作品群で示され現代を「どのように生きていくか」。それが具体的に障碍児として産まれてきた息子との同棲という形でラディカルに提示されている。つまり、家族をもつこと=アンガージュマンというわけだ。それは菊比古とのくだりで鳥(バード)が息子を殺さないことを決断することからも明らかだ。一見すると、この小説において「政治」は背景に後退しているかのようにも思われる。が、家族とは性的なものであると同時に政治的なものでもあるし、妻が障碍児として産まれてきた息子に「菊」比古と名付けようとしていたことからも、決して政治的問題が軽んじられているわけではない。そして、そのような「性」と「政」のわれらの時代をどのように「生」きるか。そのひとつの答えがこの小説に提示されている。それはかつてのように、楽観的な家庭ではありえない。数多くの困難に彼らは立ち向かい、それを乗り越えていかなければならないだろう。それでもわれわれは、現代にコミットして生きていかなければならない。